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三次の地域情報サイト「まいぷれ」三次市

連載:みよし街並み歴史散歩 その46

株式会社 菁文社

 弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
 なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
  この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。

若宮公園界隈から日光寺へ

 三次駅南側の丘陵地から更に南東の一帯、公園やお宮、三次人形の窯元、古代人の住居跡や墳丘墓、それに古墳などを巡って成光池へと足を運ぶと、ちょっとしたハイキングコースです。

【若宮公園と八幡神社】 三次駅の西側の中原踏み切りを渡ってすぐ、左にそれる旧道を進み、ゆるやかな坂を上って行くと左手に石段があります。その石段を登って左折すると石の鳥居の向こうにお宮が見えます。道幅4メートルのコンクリート舗装の参道は、緩やかなのぼり勾配で、左右には石灯籠などが並んでいます。
 その昔、中世の時代、三次地方を支配した三吉氏が、ここから500メートルばかり東にあった救山(すくいやま/現グランドホテル駐車場)へ、山城国(京都府)男山八幡宮より勧請したと伝えられる由緒のあるお宮です。
 御祭神は応神天皇です。歴代三吉氏の崇拝をうけ、三吉氏14代隆亮(たかすけ)のとき、上里村(三次町寺戸)へ移したとありますが、何度かの罹災で当時寄進されたものなど、文化財として登録される程のものが残っていないのが悔やまれます。
 関ヶ原合戦の後、三吉氏が離散し、福島氏が芸備の領主になると、領内の他の神社仏閣と同様に社領を没収されました。浅野氏の時代になって、三次藩浅野長治の保護を受けるようになり、家臣の佐々木太郎左衛門が木造の神馬を奉納するなどして体面を保ちました。現在境内にある厩舎(きゅうしゃ)の木造神馬は2代目だと伝えられています。
 大正5年(1916)10月、先々代宮司の時、上里村からこの花園の地へ遷宮し、それ以来十日市町民の氏神様として、氏子の幸福や豊作・繁盛を司っている八幡さんです。
 近年では神社崇拝の気運が希薄となり、傷みかけている軒先の損傷修繕費の寄進もままならないご時勢となってきたようです。
 そんなことを想いながら神社を回って本殿の裏手へと足を運びます。うっそうとした社叢(しゃそう)はありませんが、それでも杉木立にはそこはかと無く霊気を感じさせます。
 八幡神社境内北側は若宮公園として整備されていて、市街地を眼下に望まれ、尾関山と並ぶ桜の名所です。敷地はそれほど広くありませんが、春ともなれば約200本の桜が紅いボンボリに映えて美しく、市民の憩いの場となっています。
 公園内を巡って再び神社正面から社務所前を通って駐車場方面へ進むと、境内の南側はずれに大きな記念碑が二つ建っています。
 一つの石碑は「功労碑」と彫られています。これは明治時代に野村豊之進村長(原村)が、水不足を解消するために善坊寺池や新池の建設、それに既存のため池のかさ上げなどに取り組んだ功績を讃えたもので、昭和8年(1933)に十日市町の水利組合が建立したものです。
 元来、原村(大正7年=1918=町制施行・十日市町)の水利は、雨が続けば洪水に、日照りが続けば干ばつに見舞われるという水禍に常に悩まされて来たところです。昔から「原村の千本釣瓶(つるべ)」という言葉がありました。たくさんの野井戸を掘り、釣瓶で灌漑用水を汲み上げていた様子を表したものです。
 もう一つの石碑は高さが3メートルもあると思われる大きなもので、「片岡 保翁碑」とあり、鳩山一郎(元自由民主党総裁・総理)の揮毫(きごう)です。片岡は、まず治水に取り組みました。成光池から流れ出る北溝川の氾濫を防ぐために、新たに人工水路を造り、大樽池を経由し下原から江の川へ排水したのです。これを片丘川(かたおかがわ)といい、いまも十分に機能しています。
 他に馬洗川の堤防の補強、太歳・上原地区の都市計画(街路)、小学校校舎新築、運動場建設等々です。昭和16年(1941)、彼の功績を讃えて十日市町が建立したものです。
 しかし、時世の移ろいは大きな変革をもたらして、水田は市街化で灌漑用水としては不要、溜め池はマツダ(当時東洋工業)の敷地として売却、溢れる水は巨大トンネル放水路で江の川へ、馬洗川筋は大堤防に変身、学校はその「大運動場」へ新築されるなど、先人たちの血の滲むような苦労の結晶は、今は昔の物語になり、それを知る人さえ少なくなってきました。
 唯一、太歳地区(十日市東2、3丁目)の都市計画は、片岡町長の百年の計が実ったといっても過言ではないでしょう。碁盤の目のような街路の新設は、当時としては画期的な事業で、農地を潰してムダなことをすると批判の声も少なからずあったようです。
 永年の風雪に耐えて力づよく立つこれらの石碑に向かい、どのような言葉を供えれば良いのか考え込まずには居られません。
 駐車場の周囲にはその他の石碑もあり、その中のひとつ、
  除夜の鐘 鳴るよおんおん わが山河   天剣草(てんけんそう)

 地元の俳人で、「江の川句会」の前身「巴峡石楠(はきょうしゃくなげ)」をつくった、須澤天剣草の句碑です。


【写真 八幡神社】

◇   ◇   ◇

・・・つづく

基本情報

名称株式会社 菁文社
フリガナ株式会社 菁文社
住所728-0023 三次市東酒屋町306-46
アクセス国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m
電話番号0824-62-3057
ファックス番号0824-62-5337
メールアドレスgeibigrf62-3057@seibunsha-f.com
営業時間8:30~17:30
定休日土・日曜、祝日
駐車場あり
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