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三次の地域情報サイト「まいぷれ」三次市

連載:みよし街並み歴史散歩 その45

株式会社 菁文社

 弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
 なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
  この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。

【十日市ポンプ場】 このポンプ場は洪水の時に十日市町を護る大切な役目を持った国土交通省の施設です。普段は片丘川や北溝川の水は、このポンプ場のところで堤防をつらぬいた樋門(ひもん)から江の川へ流れ出ています。しかし大雨で江の川の水量が増すと、これらの樋門から逆流して、水が町へ流れ込み危険です。このような時に樋門を閉じて、ポンプ場のポンプを稼働させ特別な樋門(吐出(としゅつ)樋門)から排水し、十日市町を浸水から護ってくれるのです。ポンプは三基あり1基のポンプで1秒間に5トンの水を排水する能力をもっているそうです。なお、停電に備えてはディーゼルエンジンの発電機も用意されています。ポンプ場は堤防側からではなく、東側に廻って見ると取水口がよくわかります。

【西三次駅】 この駅は昭和29年(1954)備後十日市駅が三次駅になるまでは、ここが「三次駅」と呼ばれていました。「西」が付けられたのはそれ以降のことです。そもそも大正4年(1915)、芸備鉄道が広島から三次まで開通した時、終点の位置は三次町ではなく、原村のこの位置でした。しかし会社は原駅とせず、三次町の要望もあって、この駅を三次駅としたのでした。
 その後、大正11年(1922)、芸備鉄道が庄原まで延長されるまでの7年間、この三次駅(現西三次駅)はターミナル駅として備北地方の入り口としての役割を果たしていました。さらに、昭和5年(1930)、十日市駅が新設されるまでの15年間は、実質的には三次・十日市の玄関としての役割を担った駅だったのです。
 大正14年(1925)、この駅に降りたったアララギ派の歌人で布野村(布野町)出身の中村憲吉は、
  山国は夏の夜ながら露けかれ奥吉備にはてし私設鉄道
  停車場へ降りればすぐに匂うなる麻野は刈られ夏ふかみたる (『軽雷集』)

 広島駅から3時間以上もかけて、ようやく到着した山国の終着駅のわびしさと、麻を処理する匂いのする駅周辺の情景を詠んでいます。
 西三次駅が終点または実質的な終点の役割を果たしていた大正から昭和初期にかけては、多くの乗降客があり、人力車や乗合バスが集まり、飲食店や旅館も進出し、駅前商店街が生まれていました。今では想像もつかないことです。西三次駅の古い写真を見ると、駅舎とホームをつなぐ通路にアーケードがあります。その駅舎側の支柱の基礎の部分が今も二つ残っています。


【写真 十日市ポンプ場】

◇   ◇   ◇

・・・つづく

基本情報

名称株式会社 菁文社
フリガナ株式会社 菁文社
住所728-0023 三次市東酒屋町306-46
アクセス国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m
電話番号0824-62-3057
ファックス番号0824-62-5337
メールアドレスgeibigrf62-3057@seibunsha-f.com
営業時間8:30~17:30
定休日土・日曜、祝日
駐車場あり
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