連載:みよし街並み歴史散歩 その41
株式会社 菁文社
弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。
十日市小学校辺りから厳島神社、巴橋へ
【十日市小学校】 この辺りから西へ歩いてみましょう。
この学校には校内を東西に市道が通っているという珍しい学校です。現在の校舎ができた昭和54年(1977)以前には、校庭側に校舎があり、今の校舎のある処はグランドでした。通称「和田グランド」という大きなグランドで、学校関係以外の大きな大会や様々な訓練はみなここで行われていました。
このグランドには土手のノリ面を利用したスタンドがありました。小さな自然石を組み合わせた階段式のもので、この自然石は、なんと三次町の本通りを初めて舗装した時、江戸時代に設けられていた側溝の石組が不要になって、これを運んで来て積んだものです。今は校舎の裏に僅かに残っています。
なお、和田グランドは十日市町の資産家・和田氏が土地を寄贈されて造ったものです。『広島県政沿革誌』という本によると、和田家は大正時代の終わりころには県北15ヵ町村に田畑合わせて105町歩を持ち、小作人816人を抱える大地主で、八次村(南畑敷町)の熊巳家や布野村(布野町)の中村家をしのぐほどでした。
この小学校の校内には多くのモニュメントが建っています。その一つ、校門を入ったすぐ右側に「健康の像」(昭和35年・1960建立)があります。これは昭和30年代に学校が健康教育に取り組んで成果を上げ、文部大臣賞をはじめ数々の受賞を記念したものです。
その基台は切石を組み立てたなかなか立派なものです。実はこれは戦前「大楠公銅像」という楠正成(くすのきまさしげ)の乗馬姿の勇ましい銅像を置いていたもので、戦時中の金属供出で姿を消し、基台のみとなっていたものです。「楠公」が「健康」に替わったというわけです。
次に、学校の東側にある市営プールのそばに、三次水泳協会による「入沢恕次(いりさわしょじ)先生・阿野栄恵(あのさかえ)先生頌徳碑」と記した石碑があります。入沢は大正年間に中国新聞の三次支局長として赴任し、取材活動のかたわら神伝流(しんでんりゅう)の古式泳法を広め、水泳協会の基礎をつくった人です。阿野は同協会の第10代会長として、戦後およそ30年間にわたって水泳の指導に尽くした人です。この協会は単に古式泳法の伝授にとどまらず、近代泳法の競泳や初心者水泳の指導にも当たり、ここからは何人もの日本を代表するスイマーが育ちました。
覚善寺、西覚寺は浄土真宗の、妙音寺は日蓮宗のお寺です。これらはいずれも戦国時代末期から江戸時代前半期に他所からこの地に移って来たもので、十日市が次第に町並みを整え始めたころです。
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・・・つづく
基本情報
| 名称 | 株式会社 菁文社 |
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| フリガナ | 株式会社 菁文社 |
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| 住所 | 728-0023 三次市東酒屋町306-46 |
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| アクセス | 国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m |
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| 電話番号 | 0824-62-3057 |
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| ファックス番号 | 0824-62-5337 |
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| メールアドレス | geibigrf62-3057@seibunsha-f.com |
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| 営業時間 | 8:30~17:30 |
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| 定休日 | 土・日曜、祝日 |
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| 駐車場 | あり |
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