連載:みよし街並み歴史散歩 その40
株式会社 菁文社
弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。
【太 歳(ださい)】
三次市福祉保健センターや図書館からの道が旧国道と交差する職業安定所交差点までが上原で、ここから西は太歳(東3丁目、東2丁目)です。しかし昔の太歳の境界はもっと西で、現在のJA三次本所辺りだったらしいのです。
太歳地区に入って気が付くことは、東西南北に付けられた大小の道路が整然としていることです。これは、昭和の初めに片岡 保(かたおかたもつ)という十日市町長の時代、彼は〝今は農道でも将来はどんな道路として使われるかわからない。道路は整備しておく方が良い〟と多少の無理をして建設したと伝えられています。この町長は他にも、片丘川の新設や北溝川の改修など町のために尽くした人です。若宮神社には彼を讃える顕彰碑があります。〝先見の明〟という言葉はこのような人のためにあるのでしょう。
JA三次本所及び付属施設や駐車場のある広い場所は、昔は「乾繭所(かんけんじょ)」(マユを乾燥させる場所)の名前で呼ばれ、高い煙突が特色の大きな建物の工場がありました。この建物は古く、大正14年(1925)、北部乾繭販売利用組合として設立されたのが最初で、その後、経営者はいろいろ変わり、戦後は実質的な経営はグンゼ(郡是)製糸が行っていました。しかし養蚕製糸業の全国的な衰退で昭和38年(1963)に閉鎖されました。
駐車場の西口に、自然石に「蚕霊之碑(さんれいのひ)」と刻まれた碑があります。碑文によると、これは昭和48年(1973)にグンゼ広島工場(三次)の主任の高橋さんという人が個人の名前で建てられたものです。蚕霊とは繭(まゆ)の魂のことで、それを慰める碑です。製糸業は生きた繭を煮え湯に浸し、中のサナギを殺しながら生糸(きいと)を紡ぐ工業なのです。
東2丁目の住宅街の中にある太歳神社がこの地域の地名「太歳」のルーツですが、このお宮は昭和57年(1982)に馬洗川の堤防の改修で、十日市野球場の処から移動して来たものです。
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・・・つづく
基本情報
| 名称 | 株式会社 菁文社 |
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| フリガナ | 株式会社 菁文社 |
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| 住所 | 728-0023 三次市東酒屋町306-46 |
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| アクセス | 国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m |
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| 電話番号 | 0824-62-3057 |
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| ファックス番号 | 0824-62-5337 |
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| メールアドレス | geibigrf62-3057@seibunsha-f.com |
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| 営業時間 | 8:30~17:30 |
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| 定休日 | 土・日曜、祝日 |
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| 駐車場 | あり |
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