連載:みよし街並み歴史散歩 その39
株式会社 菁文社
弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。
【「和田店(わだみせ)」のこと】 さて、上原は東から西へ歩いてみましょう。
この上原の地名は中原、下原と共に、昔、十日市町を原村といっていたころの原地組(原町組=十日市に対して)を東から西へおおざっぱに分けた地名です。「上原交差点」「中原踏切」などで今も生きています。その上原東交差点の少し手前の旧国道に「和田商店」の看板のかかった休業中のお店があります。「和田店」の名前で昔から親しまれた雑貨店でした。旧制三次中学生や古い三次高校卒業生には懐かしい店です。この店の西隣りの市道が上原(十日市東5丁目)と南畑敷町の境で、店の前の小さな小路は新国道を越えて向こう側にまで伸び、鉄道にまで達しています(東4丁目)。幅三尺の里道は江戸時代からの道で、この小道が昔は南畑敷村(八次村)と原村の境でもあったのです。
和田商店の横の道をへだてたすぐ西隣りに、ひっそりと忘れられたような石碑が建っています。これは南畑敷にあった山崎医院のご先祖を顕彰したもので、先祖は三次藩の御殿医であったということです。ところで古老の話によると、この山崎医院には家伝薬の〝火傷(やけど)の塗り薬〟(山崎膏薬(こうやく))があり、評判であったということです。昔はこのように、お医者さん個人が秘伝の家伝薬を調合されることがかなりあったそうです。厚生省認定、医薬分業の時代には想像もできないような話です。
【天神社】 今井酒店の横の道を入って行くと、上原集会所、ゲートボール場、それに「天神社」と鳥居に掲げたお宮が鎮座しています。学問の神・菅原道真を祀ったもので、説明板によると、このお宮は昔は岡竹(南4丁目)にあり、大正時代に芸備鉄道の敷設で別の所へ移動し、さらに昭和30年代にマツダのテストコースの建設で再度の移動を余儀なくされ、ついにこの地に落ち着いたというものです。最初は鉄道会社に、次は自動車会社に追われた、なんとも気のどくな学問の神様です。
小川新聞店の「見越しの松」は、昔からこの地域の特色ある景色ですが、いま見られる松は何代目なのでしょうか。
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・・・つづく
基本情報
| 名称 | 株式会社 菁文社 |
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| フリガナ | 株式会社 菁文社 |
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| 住所 | 728-0023 三次市東酒屋町306-46 |
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| アクセス | 国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m |
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| 電話番号 | 0824-62-3057 |
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| ファックス番号 | 0824-62-5337 |
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| メールアドレス | geibigrf62-3057@seibunsha-f.com |
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| 営業時間 | 8:30~17:30 |
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| 定休日 | 土・日曜、祝日 |
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| 駐車場 | あり |
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