連載:みよし街並み歴史散歩 その32
株式会社 菁文社
弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。
【浅野家下屋敷(しもやしき)跡】 現在駐車場になっている広場は、三次浅野藩時代には藩主の下屋敷(別邸)があった所です。ここでは藩主は政務から解放されてプライベートな、くつろいだ時間を過ごしたものでしょう。三次生まれで7歳までを三次で過ごした阿久利姫も、母と共にこの下屋敷に住んでいたのかも知れません。阿久利姫の母はお石(長治死後は寿光院)といい、京都瑞光院の三代院主の姪(めい)で、いきさつはよく分かりませんが、長治が側室として三次へ迎えた女性です。阿久利姫は京都文化を身につけた母によって、この静かな尾関山の下屋敷で、7歳で江戸へ出立するまでの幸せな幼年期を過ごしたことでしょう。
駐車場前の池は下屋敷付属の池で、三次藩廃絶後も町民から「御泉水(ごせんすい)」(大正時代に清心池と命名)とよばれ、町民の春秋の遊山の場として親しまれていました。池の南端、排水溝の上に並べられている石材は、魚の棚小路の西口にあった石橋をここへ移したものです。池のそばにはNHK大河ドラマ「元禄繚乱」(1999)を記念して建てられた阿久利像があります。
【中村憲吉歌碑】 清心池から紅葉の樹木に囲まれたゆるやかな山道を登ると、野外ステージのある広場に出ます。その一隅に中村憲吉(1889〜1934)の歌碑があります。憲吉独特の気品ある筆跡です。
この山の桜にむかひ流れくる河ひろくして水のひかれる 『軽雷集以後』
アララギ派の歌人として有名な中村憲吉は布野村(布野町)の生まれですが、12歳(明治33年)のとき、三次町の親戚香川家の養子となり、兄純造の死去により中村家へ復籍する19歳(同40年)まで香川姓を名乗り、三次町に住んでいました。この山も少年期の彼の遊び場になっていたことでしょう。憲吉が詠んだように、清らかに流れている江(ごう)の川をいつまでも大切に守りたいものです。
・・・つづく
基本情報
| 名称 | 株式会社 菁文社 |
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| フリガナ | 株式会社 菁文社 |
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| 住所 | 728-0023 三次市東酒屋町306-46 |
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| アクセス | 国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m |
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| 電話番号 | 0824-62-3057 |
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| ファックス番号 | 0824-62-5337 |
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| メールアドレス | geibigrf62-3057@seibunsha-f.com |
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| 営業時間 | 8:30~17:30 |
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| 定休日 | 土・日曜、祝日 |
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| 駐車場 | あり |
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