弊社が２００７年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
　なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
　　この「みよし街並み歴史散歩」は、Ｂ６判の単行本です。お求めは小社 TEL（0824）62　3057　または　三次市内の書店へご注文ください。

　　　　松原稲荷通り（大正町）から旭町を歩く

　今では古い呼び方ですが、大正町から松原を経て旭町に至るコースを歩いて見ましょう。この辺りは、近代のかつての「三次町」の繁栄を映した独特の世界であったように思います。
　一口に「歓楽街だった」では済まされない情緒豊かな町でしたが、近年都市整備が進み全く変わってしまいました。開発や整備の善し悪しをいうのではなく、花町の哀歓を引きずった薄暗い路地が、明るく健康的な広場に変身しても、舗装の下に眠っている歴史を時折は揺り起こしてみる必要があると思います。
　昔を偲ぶ縁（よすが）となるものが年々消えては行きますが、新しきを知るために古きを訪ねる思いで歩いてみましょう。

【大正町と松原稲荷】　巴橋西詰のバス停で下車して西方向へ少し歩き、最初の信号を右折して細い通りに入ると、すぐ左手に浄伝寺（じょうでんじ）という真宗のお寺があって、その前が三叉路になっています。そこを右折、お寺を背にして細い町並みに入ります。
　この通りの入り口には「松原稲荷通り」と表示されていますが、かつては「大正町」と呼ばれ、県北唯一最大の公認の遊興歓楽街でした。ずっとさかのぼって三次浅野藩時代には、侍の長屋など立ち並んでいた所ですが、廃藩後は長年にわたって畠になっていました。それがいつの頃からか今の言葉でいうと風俗営業の店が並ぶ町筋となったのです。
　三次の娼婦は「三次だんご」と呼ばれていました。辞書によれば「ころぶ」の意味の一つに「芸者･酌婦などが隠れて売春すること」とあります。だんごは丸くて転がりやすい、つまりころぶので「団子（だんご）」と洒落たのでしょう。三次の場合は隠れてではなく公娼でしたが「三次だんご」とは、他所の花町とは異なった特色を持つ三次の花町をよく表わしたニックネームです。
　昭和10年（1935）に発行された桜の観光案内絵地図を見ると、大正町の中ほどに桜が描かれています。当時はこの通りにも桜が咲いていたのでしょう。
　昭和33年（1958）、売春防止法全面施行以後は、居酒屋・バー・小料理屋などが軒を連ね、宵闇迫る頃は勤め帰りのサラリーマンや社用族などでごった返し、ホステス嬢の嬌声が飛び交い、狭い通りはまっすぐには歩けない状況でした。
　すっかり寂しくなった通りを３分の２ばかり歩いた所で、右手にお稲荷さん特有の紅い鳥居の列が見え、その奥に松原稲荷社があります。現在は周囲が広場や駐車場になっていますが、数年前までは家と家の間の細い路地に鳥居が並んでいたのです。昔の面影はありませんが、もとはこの一帯は花町時代の情緒をよく残していて、世界的に有名な人形作家辻村寿三郎さんも、この一角がとても気に入っておられたということです。細い格子の入った花街独特の造りの家が昭和の終わり頃までは残っていたものです。
　このお稲荷さんは花町の華やかさの裏で、借金のかたになったり売られたりしてきた女性たちが、対岸の弁天さん（厳島神社）参りを口実に脱走を企てることがしばしばあったため、それを防ぐために勧請されたとも言い伝えられています。真偽はともかくも懐古の情に溺れずきびしい歴史の現実も見据えなければなりません。
　通りの終わり近くは、急勾配の坂道となり松原通りに上がりますが、この坂道は大正12年（1923）に、この通りが拡幅大改修された時にできたものです。それまでは堤防の内側は雁木（がんぎ）となっており、道は法裾（のりすそ／土手の斜面の下の部分）に沿って左折していたのです。大正期に現在の形に改修されたので、以来大正町と呼ばれるようになったのです。
・・・つづく