連載:みよし街並み歴史散歩 その54
株式会社 菁文社
弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。
【四拾貫町探訪】 四拾貫町から後山(うしろやま)町へ越える道路の谷の入り口付近が弘法谷(こうぼうだに)です。この谷のヒル(ヒイル)は人に吸い付くことがないといわれています。それは昔、この辺りに住む百姓がヒルに吸い付かれて困っているのを見た弘法大師がこれを助け、その際にヒルの口をひねって血を吸わないようにしたという伝説です。谷の地名もここから来ています。
弘法谷の西側の山を八千ヶ壇(はちがだん)といい戦国時代の山城跡です。山城にはその地域を支配した領主の「居城(きょじょう)」と、戦争の時の「陣城(じんじょう)」があります。この山城は後者です。即ち、大永7年(1527)、安芸・備後国での勢力挽回のために山陰から南下した尼子勢(尼子経久)がこの山と和知町の国広山・南山に陣をしき、陣山(三次市向江田町)等の大内・毛利勢と戦いました。
【四拾貫古墳群】 畠敷町と四拾貫町を遮(へだて)るように山裾から馬洗川まで南北に長い標高180〜200メートルの低い丘陵があります。この上に約140基の古墳があり、種類は直径20メートル以上の円墳が6基、前方後円墳・帆立貝式古墳3基のほかに直径15メートル以下の小形の円墳で構成されています。これまでに30基ちかくが発掘調査され、大変貴重な遺物が見つかっています(詳しくは『三次市史Ⅱ』を参照)。中には弥生時代にさかのぼる墳墓もありました。多くは古墳時代中頃(西暦400〜500年)に造られたものです。
【写真 弘法谷と八千ヶ壇】
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・・・つづく
基本情報
| 名称 | 株式会社 菁文社 |
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| フリガナ | 株式会社 菁文社 |
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| 住所 | 728-0023 三次市東酒屋町306-46 |
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| アクセス | 国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m |
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| 電話番号 | 0824-62-3057 |
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| ファックス番号 | 0824-62-5337 |
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| メールアドレス | geibigrf62-3057@seibunsha-f.com |
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| 営業時間 | 8:30~17:30 |
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| 定休日 | 土・日曜、祝日 |
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| 駐車場 | あり |
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