新連載:ふるさとの峠と街道 その15-②
株式会社 菁文社
「ふるさとの峠と街道」は、第1部 ふるさとの街道、第2部 ふるとさの峠 として2部構成でお届けします。
第1部「ふるさとの峠」は、昭和54年(1979)5月から「げいびグラフ」誌上に“峠を語る”シリーズとして21回にわたって連載したものです。今では交通機関の多様化とこれに伴う土木技術の発達により大巾な改修がすすみ、峠は旧来の峠としての機能を失って、峠の存在すら忘れ去られています。
このたび、あえて連載当時の記述に修正を加えることなく取材当時の内容を再掲し峠を歴史の証として伝えることにしました。
【大仙峠(だいせんとうげ/高田郡向原町)その②】
― 小さな峠の大きな遺産 ―
さて、この峠の頂上には道の脇の一段高い場所に、「塞ノ神」と呼ばれ親しまれている高さ5、60センチの自然石ともう一つ、風化してはいるものの、ほぼ同じ大きさの石に地蔵菩薩を彫った石像が、あたかも一セットをなしているかのように鎮座している。最初から二つ揃っていたものか、別の場所にあったものを後に一緒にしたものかはわからない。付近の小字(こあざ)も「塞ノ神」と付けられているという。
「塞ノ神」の塞は=さかいで、この神は峠など村落の入り口に祀られ、村内への疫病や悪霊の侵入を防ぐ神として古くから信仰されているものである。しかし、今この峠の塞ノ神に対する信仰や特別の民俗的な行事は残っていない。自然石と地蔵菩薩像。これをどのように解釈し関連づければよいのであろうか。
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そのことを考えるに当たって、参考になる調査報告がある。三次高校史学部の「近世小社祠の調査報告」(1973年第1集)である。本書は三次市と周辺町村に散在する小社祠について、その社名、祭神、神体、祭祠場所、信仰集団、祭行事、功徳と縁起などを生徒の聞き取り調査によって集録し、一定の解釈を加えたものである。
この報告書の中に13カ所の塞ノ神を調査しているが、これによれば、神体は木像1、木片5、石物2、その他4で地蔵菩薩はない。してみれば、この峠の塞ノ神も、自然石の方と推察するのが順当であろう。ならば、一方の地蔵は何のために置いたものであろうか。
これについては、同報告書にさらに次のような示唆に富む内容が示されている。それは塞ノ神13体の中で、七体が「功徳・縁起」として、子供の夜泣きに効く神としているのである。その解釈を
「……悪病(特に伝染病)にかかった時、まず死ぬのは抵抗力の弱い子供であり、そのため病気防ぎの神が、子供の霊をなぐさめる神、さらに子供の神となったのではないか」
と、高校生らしい素朴で素直な理論を展開し、塞ノ神と子供を結びつけているのである。子供の守護神、子供の霊を救うもの……当然ながら仏では「地蔵菩薩」である。
地蔵は、観音と同じように現世利益を説く仏であるが、さらに、過去に死んだ人の罪障を救済し、解脱へと導く菩薩として信仰されるようになり、これが発展して、今は亡き愛児の未来を救ってもらえる菩薩として、世の母親の無限の信仰を得るようになった。子供を救う仏。……地蔵は塞ノ神と並んでいても何ら不思議はない存在といえるのではなかろうか。
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仏像研究の権威五来重は「さまざまな仏がわが国へ入って来た中で、特に地蔵がわが国の神の信仰を最もよく受け継いだ」といわれ、地蔵が神の性格を受け継いだ点の一つとして「地蔵と塞ノ神との結びつき、つまり塞ノ神は、村の境にあって悪霊が外部から侵入して来るのを防ぐ神、村のはずれのお地蔵さんは、このような神が地蔵に変化したものである」と述べている。(NHKブックス『仏像』心とかたち)
また、塞ノ神の本地が地蔵であるとの垂迹説(すいじゃくせつ)を説いた書物さえもある。(『図説日本民俗学全集』=あかね書房)
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今、私は峠の頂上に立っている。老人クラブの手によって清掃されたという自然石の塞ノ神と、隣の地蔵を一体のものとして眺めながら、何時、誰が、どんな意趣から置いたものかと思いをめぐらせながら、しばらく時のたつのを忘れていた。人通りは全くない。静かである。多くの峠がそうであるように、既にこの峠も生活の道としての役割は終えているようだ。コオロギが鳴きぼそり秋の終わりを告げている。貴重な民俗遺産としての塞ノ神を見ることが出来た一日であった。(平成59年12月 米丸嘉一)
写真【峠道南側。舗装されてはいるがカーブが多い。】
◆次回は権現峠を紹介します。
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