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三次の地域情報サイト「まいぷれ」三次市

連載:みよし街並み歴史散歩 その16

株式会社 菁文社

 弊社が2007年(平成19年)に発刊した「みよし街並み歴史散歩(三次・十日市・八次・酒屋 編)から一コラムづつ連載します。
三次の再発見があるかもしれません。
 なお、三次市は周辺町村との合併以後大きく変わりつつあります。発刊時期とのずれがあることはご了承ください。
  この「みよし街並み歴史散歩」は、B6判の単行本です。お求めは小社 TEL(0824)62 3057 または 三次市内の書店へご注文ください。

【照林坊(しょうりんぼう)】 照林坊の庫裏(くり)の玄関へは横丁から入りますが、松原通りからの参道が正面で大きな本堂が山門越しに見えます
 明鏡山照林坊の歴史は古くその内容は省略しますが、現在地に移ったのは慶長7年(1602)のことです。それまでは高田郡船木(安芸高田市高宮町)にありましたが、多くの末寺を抱えていましたので、統制の都合もあって三次五日市へ移ったということです。
 本堂・庫裏・客殿とも建物の規模は大きく、三次町周辺から町並みを遠望すれば、本堂の屋根が大きく突出しています。
 山門はとても立派なもので、建築様式としては一間一戸四脚唐破風(からはふ)で、斗栱(ときょう)・蟇股(かえるまた)など細部の意匠も本格的な和様(わよう)です。肘木(ひじき)がすべて雲形(くもがた)に彫られているのは珍しいと思います。寛永9年(1632)の創建です。
 山門をくぐると左に鐘楼(しょうろう)、右に宝蔵(ほうぞう)があります。本堂は大きく堂々たるもので落ち縁が廻り、庫裏(くり)への渡り廊下の高さや客殿の広さが本堂の規模の大きさを物語ります。境内に常順寺(じょうじゅんじ)と浄念寺(じょうねんじ)がありましたが、浄念寺は火災で焼失し、寺戸へ移りました。
 慶応元年(1865)、長州征伐に出陣した福山藩主の率いる軍隊が、途中照林坊を陣屋として半年余りも駐屯しました。
 照林坊は大正11年(1922)に三次幼稚園を創立(当初園児数4クラス150人)、大正・昭和・平成と幼児教育の伝統を誇りましたが、近年少子化などの影響で閉園されたことは残念です。幼稚園や庫裏へのアプローチは横町に面していて、道路沿いには長いブロック塀が続いていますが、入り口に残された「三次幼稚園」の表札が懐かしい昔を語っているようです。賑やかな園児たちの声は、もう聞けません。
 この塀もかつては寺格を示す白線の入った塗り壁で、瓦葺の立派な塀でした。
・・・つづく

基本情報

名称株式会社 菁文社
フリガナ株式会社 菁文社
住所728-0023 三次市東酒屋町306-46
アクセス国道375号線三次工業団地口交差点より北へ850m
電話番号0824-62-3057
ファックス番号0824-62-5337
メールアドレスgeibigrf62-3057@seibunsha-f.com
営業時間8:30~17:30
定休日土・日曜、祝日
駐車場あり
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