ふるさとの峠と街道 雲石街道(阿井越) その1
株式会社 菁文社
黒岩城より北方釜峰山望見
「ふるさとの峠と街道」は、第1部 ふるさとの街道、第2部 ふるとさの峠 として2部構成でお届けします。
第1部「ふるさとの峠」は、昭和54年(1979)5月から「げいびグラフ」誌上に“峠を語る”シリーズとして21回にわたって連載したものです。今では交通機関の多様化とこれに伴う土木技術の発達により大巾な改修がすすみ、峠は旧来の峠としての機能を失って、峠の存在すら忘れ去られています。
このたび、あえて連載当時の記述に修正を加えることなく取材当時の内容を再掲し峠を歴史の証として伝えることにしました。
【街道編 雲石街道(阿井越) その1】
― 三次から新市 ―
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三次 ― 宮内 ― 高野 ― 出雲仁多郡へと通ずる雲伯街道は、戦国時代毛利と尼子が北備の覇権をめぐって、いくたびか干戈を交え、軍馬のいななき、旗鼓が峡間にあふれたみちであった。
君田の泉吉田から「しんぎょうだお」を越すと口和町大月に入る。この峠の「地名については諸説があり、新業峠、新境峠、信行峠、心経峠、新郷峠、神御峠など、何れも定説はない」(小豆原たまき著『君田春秋』)という。
大月の黒岩城は和泉氏が本拠とした山城で、小規模ながら城郭もよく整った名城で、麓に大月の集落を従え、北に向泉盆地をへだてて遠く八国見山や、湯木氏の本拠であった釜峯山城を睥睨(へいげい)している。
戦国時代に備北で活躍した武士たちの多くは、鎌倉時代に新たに東国から入ってきた、いわゆる関東御家人(ごけにん)の子孫であるが、この口和町の和泉と湯木の両氏は、そのような系譜を伝えていない武士で、はっきりしたことは不明だが、地元で生まれ育った地侍(じざむらい)であった可能性もある。
現在君田村域にある泉吉田について、文政3年(1820)頃に書かれた恵蘇(えそ)郡の記録に「現在は三次郡になっている櫃田・泉吉田・西入君の4カ村は以前は恵蘇郡であったが、いつの頃にか三次郡になった。現在も櫃田・泉吉田の氏神社の祭礼は(恵蘇郡の)向泉村の神主が勤めている」(「恵蘇郡辻書出帳」、『比和町誌』による)とあり、現在の君田村北部は中世には泉氏の支配下になっていて、泉吉田という地名も「泉氏の支配する吉田」という意味から生まれた地名であろう。
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戦国時代、この地方の国人衆たちは、大内・毛利氏と尼子氏のはげしい対立のはざまの中にあって、どちらに付くべきか一族の存亡をかけた去就に迷った。『陰徳太平記』も「実(げ)にや人の心の定めなさは、雲となり雨となり朝変暮化する備雲石の国人共」と嘲っている。黒岩城主和泉信正は、周辺の国人衆が毛利方へ転ずる中で依然として尼子方に属し、嫡子三郎五郎の舅である三吉氏の、毛利方へ一味同心をという再三の勧めにがえんじなかった。そのため三吉氏の内意をうけた和泉の家老たちは、主君信正を雪見と偽って城外に連れ出し、ついに殺し、尼子へ人質として差出してあった嫡子三郎五郎を計画をもって黒岩城へ連れ戻し城主となし、毛利・三吉方へ与したという。
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大月から対岸の向泉へ渡る竹地谷川にかかる橋に「大合戦橋(おんがせばし)」がある。天文22年(1553)5月、毛利元就が僅か数千の軍勢を率いて三次盆地へ出陣したのを、尼子晴久は毛利氏攻略の絶好のチャンスととらえて、2万の軍勢を催して中国山地を南下し、湯木氏の本拠釜峯山城(口和町湯木)へ入り、さらに向泉へ兵をすすめ、大月の黒岩城に入った毛利勢と竹地谷川を挟んで対峙した。何度めかの毛利・尼子の直接対峙である。
「橋ノ上ノ戦ヒ既ニ火出ル程ナリト雖モ、此程ノ梅雨ニ水重増リテ逆流奔水岸ヲ浸シ、唯橋一条ヲ頼ンデ追越追越、モミニモンデゾ戦ヒケル」(『陰徳太平記』)激戦の中で、毛利方の作木の住人佐久木新右衛門が、尼子方の武将米原左馬允の首級をあげる武勲をたて、寡勢よく尼子方に打撃を与え、渡河を許さず、またも尼子勢は空しく引揚げた。
大合戦橋というのは、いかにも古戦場跡にふさわしい名前であるが、竹地谷川は古くは苧ガ瀬(おがせ)川といい、『比婆郡誌』には寛政7年(1795)の「向泉村書出帳」によるとして、大合戦橋の語源は苧ガ瀬橋にあるとしている。
この天文22年の戦いで、毛利勢は尼子方の江田氏を滅ぼし、また備北最大の国人衆山内氏を味方に付けて、背後の備北を安泰にしたうえで、待望の長州を平定し、さらに宿敵尼子氏を征服して中国地方の覇権を手中にするにいたるのである。
◆次回は雲石街道(阿井越)その2 を紹介します。
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