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新連載:ふるさとの峠と街道 その10-①

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新連載:ふるさとの峠と街道 その10-①
「ふるさとの峠と街道」は、第1部 ふるさとの街道、第2部 ふるとさの峠 として2部構成でお届けします。
 第1部「ふるさとの峠」は、昭和54年(1979)5月から「げいびグラフ」誌上に“峠を語る”シリーズとして21回にわたって連載したものです。今では交通機関の多様化とこれに伴う土木技術の発達により大巾な改修がすすみ、峠は旧来の峠としての機能を失って、峠の存在すら忘れ去られています。
   このたび、あえて連載当時の記述に修正を加えることなく取材当時の内容を再掲し峠を歴史の証として伝えることにしました。



【便坂(びんさか/双三郡作木村)その①】

― ドライバー泣かせの難所―

 便坂は名にしおう交通の難所である。道程3キロ、麓から頂上までの標高差180メートルのこの峠は、急勾配に加えて急カーブの連続で、ドライバー泣かせの難路である。
 国道54号線を布野村上布野から道を西にとると、すぐ便坂峠になる。“大曲り”と呼ばれる布野側の坂を登ると、途中2度ほど耳がツーンと鳴った。気圧による影響なのであろう。
 蛇行を繰り返しながら頂上に辿り着く。頂上が布野村と作木村の村境になっている。車を止めしばらく休息していると、乗用車をはじめトラックやダンプなどの大型車が、エンジンを唸(うな)らせ煙を吐きながら登って来る。意外に車の往来のはげしいのは、難所でありながらも布野と作木を結ぶ最短距離に当たるからであろう。この便坂峠が生活道路であることを物語るものの一つに、峠の頂上にバス停があることである。時刻表を見ると一日に3回定期バスが往復している。
 しばらく激しかった車の騒音が杜絶(とだ)えると、あたりは本来の静寂を取り戻し、澄んだ小鳥の囀(さえず)りが聞こえてくる。今までの騒々しさが嘘のような山の静けさである。
 地元の人はこの峠を便坂峠とはいわず“便坂”と呼んでいる。その出処は皆目わからないが、江戸時代の郡鈩の記録の一つ『平蔵諸控帳』によると「寛政五年(一七九三)大畑便坂ヨリ鉄辻千四百二束」とあり、当時既に“便坂”の名が使われており、上布野村便坂に鍛冶一カ所があったことも記録されている。また、文政2年(1819)上作木村の『国郡志御用ニ付下しらべ書出帳』に、次のような記載がある。
「下作木より上布野江往来道 村内弐拾八町之内 便坂と申坂 麓よりうね迄拾町余 登り格別けんそ(険阻)ニは御座無候」
 当時の道筋は谷沿いに続く細道で、頂上だけは現在とほぼ同じ所であったが、歩くにはそれほどの険路ではなかったと思われる。
 明治になって、道は谷を隔てた反対側=現在の道筋に近い=になったが、かつてその旧道を通ったという上作木の農業・曽根春雄さん(81)は、
「若い時は駄賃負(だちんおい)といって、朝仕事に6貫匁(24キログラム)の材木や木炭を背負って、布野まで運んだもんです。便坂のうね迄がきつい上りで、便坂さえ無けりゃあ、とこぼしていたもんです。坂は布野びらの方がきついんじゃが、あっちは下りになるので、それほどしんどいと思わなんだですのぉ」
と、辛かった当時の峠越えを懐かしむ。


【写真:坂の頂上にバス停がある。三次―大津・都賀間を1日3回備北バスが往復する】



◆次回は便坂峠その②を紹介します。



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