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新連載:ふるさとの峠と街道 その6-①

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新連載:ふるさとの峠と街道 その6-①
「ふるさとの峠と街道」は、第1部 ふるさとの街道、第2部 ふるとさの峠 として2部構成でお届けします。
 第1部「ふるさとの峠」は、昭和54年(1979)5月から「げいびグラフ」誌上に“峠を語る”シリーズとして21回にわたって連載したものです。今では交通機関の多様化とこれに伴う土木技術の発達により大巾な改修がすすみ、峠は旧来の峠としての機能を失って、峠の存在すら忘れ去られています。
   このたび、あえて連載当時の記述に修正を加えることなく取材当時の内容を再掲し峠を歴史の証として伝えることにしました。



         【破堂峠(やぶれどうとうげ/三次市)その6-①】
― かつては牛の受け渡し場所 ―

 三次市三若町から県道三次 ― 世羅西線に入ると、道は急に狭くなる。黄色く色づいた田圃を抜けると鬱蒼(うっそう)とした山あいの道……途中、きれいに植林された杉木立のトンネルを何度かくぐり抜ける。山道にはいって約5キロ、通称谷山の山越え近くなると谷間には農家が点在し、棚田が広がっていた。
 峠の頂上は標高400メートル、かなり高地ではあるが、そこには上田の集落があり、そこから1キロも下ると、もう世羅西町津田の農家が見えるという、いたっておだやかな雰囲気の峠である。
 峠の頂上は四差路になっていて、右へ行けば観光上田リンゴ園、左へ行けば上田小学校、真直ぐ行けば世羅西小国へ出る。この四辻に小さなお堂が建っている。通称「破堂(やぶれどう)」。現在道路拡張工事で道端に追いやられてしまったが、この界隈でこのお堂を知らぬ人はいない。『川西村史』によると――福山・阿伏兎観音の分祀。古来、交通の要地にして、行路の安全を祈りしもの。あぶとがなまってやぶれになったという――とある。「破堂」の由来についてはその他にも、ボロをまとった人がここでよく休んでいたため、やぶれ堂になったとか、かって茅葺きだったお堂の屋根が破れていたのでその名がついたとか、諸説紛々。地元の人も首をかしげる。だが、それを裏付ける資料は全くなく、その名はいつしか峠自体の名称に使われるようになった。
「破堂」の道は三次 ― 三原間をつなぐ街道で、昔は谷川の飛び石を何回も渡る谷筋の道だったが、明治30年頃、谷に並行して現在の道ができた。旧道と現在の道は全く違っていたわけだが、頂上だけは変わっていなかったため、「破堂」の名は棄れることがなかった。
写真【峠の両側はうっそうとした杉林。ここを通り抜けると棚田が見えてくる】

◆次回は破堂峠6-②を紹介します。



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